【医師監修】前頭側頭型認知症(ピック病)とは|症状や原因・治療法まで全て紹介
更新日時 2023/08/26
この記事は医師に監修されています
中部脳リハビリテーション病院 脳神経外科部長
矢野 大仁 先生
「ピック病はどんな病気?」
「ピック病の治療方法や介護で気を付けるポイントは?」
前頭側頭型認知症に分類される認知症の1つに、ピック病(Pick病)と呼ばれる認知症があります。
ピック病は有効な治療法がないので、対象療法で治療を進めるのが一般的です。
病気の症状から、介護にはいくつかのポイントを押さえる必要があります。
今回は前頭側頭型認知症の中から、ピック病に注目して、ピック病の症状や治療法、介護のポイントなどを解説します。
これを読めば、ピック病についてよく分かるはずです。
- 認知症の中では若年層(40-60歳代)で発症する
- 有効な薬はなく、対症療法で症状を抑える
- 病気の特性を理解した介護が必要となる
ピック病(Pick病)とは?
ピック病は、脳の前頭葉や側頭葉と呼ばれる大脳の前方部分が萎縮することで起こる認知症の一種です。
認知症と呼ばれる病気にはいくつか種類があり、ピック病は若年性アルツハイマー型認知症と同じく、認知症の中では初老期に発症することが多いという特徴があります。
現在、ピック病の患者は12000人と言われていますが、その多くが40~60歳代で発症しています。
70歳以降の高齢期は非常に稀とされています。
ピック病は前頭側頭型認知症の一種
前頭側頭型認知症とは、大脳の前方に位置する前頭葉や側頭葉の前方に萎縮が見られることで起こる認知症です。
前頭側頭型認知症で、脳の神経細胞に「Pick球」と呼ばれ球状物が見られるものをピック病と呼び、前頭側頭型認知症のうち約7~8割がピック病と診断されます。
近年は研究が進み、前頭側頭型認知症イコール「ピック病」ではないことが分かっています。
しかしながら、少し前までは前頭側頭型認知症は全て「Pick球」が脳内にみられると考えられており、前頭側頭型認知症が通称ピック病とされていました。
特に行動異常型のタイプがピック病に相当すると考えられます。その他に、言語の理解が障害される意味性認知症と、進行性非流暢性失語があります。
余命はおよそ10年
前頭側頭型認知症を発症してからの余命は、行動障害型で平均6~9年、意味性認知症では約12年という報告があります。
しかし、認知症は診断が難しく、気づいたときには症状が進行してしまっていることもあって、余命としての平均値が付きにくいです。
進行を遅くするには?
ピック病は根本的治療薬がなく、現状では進行を遅らせることができる可能性は低いです。
認知症の中には、アルツハイマー型認知症のように、進行を遅らせる薬の開発が進んでいるものもありますが、ピック病に関しては現時点で有効な薬がありません。
基本的な治療法としては、ピック病で引き起こされる症状に対しての対症治療となります。
認知症対応可能な介護施設はこちら!前頭側頭型認知症の症状は?
ピック病は70歳以降の高齢期での発症は非常に稀で、初老期と呼ばれる40歳~60歳前半で発症することが多い認知症です。
「初老期認知症」とも呼ばれ、同じく初老期に発症する若年性アルツハイマーと比較されることが多いです。
若年性アルツハイマーと異なる点では、薬による治療法がないことや、人格変化や行動障害などが症状として現れることが多く、人間としての理性的な行動が出来なくなるという特徴があります。
また、本人は病気であるといった認識が出来ないため、周りが変化に気づくことが重要です。
以下のような症状は、ピック病でよくみられる症状です。
行動障害
異常行動
- 人に迷惑をかける行為
- 常識から考えてやってはいけない行為
- 社会生活から反した行動
上記のような行動が異常行動として現れることがあります。
人の家に勝手にあがるといった、今までの本人からは考えられないような行動がみられることがあります。
常同行動
常同行動とは、同じ動きを繰り返すことです。例えば、以下のような例が挙げられます。
- 決められた散歩コースで必ず散歩をする
- 同じ時間に同じ椅子に座る
ピック病患者には、このような時刻表的生活が認められることが多いです。
なお、ピック病の常同的周遊(同じコースを散歩すること)は、他の認知症で見られる「徘徊」とは違い、同じ時間に・同じルートでというようなこだわりが出るだけで、帰る方向が分からなくなり、迷子になるということは基本的にありません。
脱抑制・自制力低下による反社会的行動
ピック病では社会生活を送る上での礼儀や、社会通念が欠如した行動や、周囲の迷惑となる行動が見られます。
- 万引きをする
- 盗み食いをする
思いやりがなくなり、自分本位な行動が目立ちます。
また、自制力の低下から、相手の話を聞かない、一方的にしゃべる、といった症状がみられることもあります。
注意力の低下
1つのことを継続して出来なくなるという症状がみられることがあります。
今までは普通に出来ていた日常動作や、仕事の作業などでも、間違いが増えたり、時間がかかったりすることもあります。
また、注意力が低下することで、ぼんやりしている時間が増えたり、脈絡のない会話が増えたりこともあります。
被影響性の亢進
被影響性の亢進とは、会話の最中に突然違うことを始めたり、食事の最中に他に気を取られて食事以外の行動を始めたり、衝動的に周りの影響を受けやすくなる行動を言います。
また、強迫的言語応答のような、外的刺激に反射的に反応をしてしまう行動が症状の1つにあります。
自身の行動をコントロールすることが難しくなり、周囲の環境や人々の影響を受けやすくなっているのです。
食行動変化
- 偏食になる
- 置いてある物を食べ尽くしてしまう。
- 味付けの嗜好が変わる
- 同じ物を作り続ける (味噌汁の具材が年中変わらないなど)
食行動にも変化が出ることがあります。
好きだったものが嫌いになったり、同じものを食べ続けたり、過食傾向になったり、さらに濃厚な味付けや、甘い物が好きになることもあります。これらによる肥満や糖尿病に注意が必要です。
自発性の低下
- 周囲へ無関心になる
- 自己表現が減る
- 感情移入が出来なくなる
ピック病患者の感情面では、このような自発性の低下がみられることがあります。
なお、うつ病の症状にも自発性の低下があげられることから、ピック病の症状としての自発性の低下が、うつ病によるものと間違えられることもあります。
感情障害
情緒障害
急に泣き出したり、突然怒り出したり機嫌が悪くなったりしたり、といった、喜怒哀楽の感情が乱れる情緒障害が、ピック病では比較的初期症状として現れます。
人格障害
「人が変わったように怒りっぽくなった」というように、今までとは違った人格の変化が出ることも、ピック病の特徴的な症状の1つです。
人格障害は他の認知症でも見られる症状でもありますが、特にピック病では人格障害の症状が強くみられます。
言語障害
言語障害は、他の認知症にも出る障害ですが、ピック病の場合も言語障害がみられることがあります。
ピック病の場合、脳の萎縮部位によって言語障害にも差が出ます。
- 左優位萎縮:一般物品(物の形や出す音、用途などの色々な知識が失われる)の意味記憶障害
- 右優位萎縮:人物に対する意味記憶障害(よく知っている人の顔が誰だかわからなくなる)
滞続言語
滞続言語とは、言語障害に分類されるピック病の症状の1つですが、常同行動にも分類されます。具体的には
- 同じフレーズの言葉を繰り返す
- 意味もない言葉を繰り返す
といった症状が現れます。
反響言語
反響言語は、いわゆる「オウム返し」がみられることです。
話しかけたことを繰り返すだけではなく、聞こえた言葉を繰り返すこともあります。
発達障害や統合失調症などの病気の症状にも当てはまる症状で、反響言語だけではピック病と判断するのは難しいです。
ピック病の原因は?
ピック病は、前頭葉や側頭葉が萎縮することが原因で起こります。
萎縮する原因として、脳に異常たんぱく質がたまることで起こるとされています。
このように、脳に異常なたんぱく質が溜まることが原因で起こる認知症は他にも数種類ありますが、ピック病の場合は、タウ蛋白、TDP-43、FUSと呼ばれるたんぱく質の性質が変化して蓄積されることが萎縮の原因であることが研究で分かっています。
しかし、このようなたんぱく質の変性がなぜ起こるのかは、現時点で解明されていません。
ピック病は遺伝性ではない
日本では家族歴があるピック病患者がほとんどいないため、日本での遺伝の可能性は5%以下とされ、ピック病が遺伝するとは考えられていません。
ただ、海外の例を見てみると、ピック病患者の30~50%で家族歴があり、遺伝の可能性も指摘されています。
海外では、家族性の場合にタウ遺伝子・TDP-43遺伝子、プログラニュリン遺伝子などの変異があることが分かっています。
ピック病の検査・診断方法は?
CTやMRIで脳の萎縮がわかる
ピック病の検査には、CTやMRIを用いて、前頭葉や側頭葉前方に萎縮が見られることを確認して診断をすることが一般的です。
早期の場合には、萎縮の程度が曖昧で診断が付きづらい場合があります。
そのため、早期ではSPECTやPETという脳血流やブドウ糖代謝を見る検査を行い、前頭葉・側頭葉の血流あるいは代謝の低下の有無など、反応面を確認して診断するケースもあります。
ピック病の治療法は?
現時点ではピック病の進行を遅らせたり、治療をしたりする薬は開発されていません。
基本的には、ピック病で起こる症状に対しての対症療法や、緩和療法などが治療の中心となります。
中でも代表的なものとして、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)といった抗うつ薬を用いることが多く、ピック病で見られる行動障害の緩和に有効とされています。
ピック病の合併症
ピック病は特定の合併症はありませんが、以下を併発することがあります。
- 嚥下性肺炎
- 食物誤飲による窒息
- 転倒による外傷
ピック病のケアする時の注意点
ピック病は、一般的に知られる認知症の症状とは違い、計算が出来なくなったり、記憶障害が起こったりすることは少ないです。
症状の特徴としては、人格障害や情緒障害が顕著に起こる特徴があるため、こうした特徴を意識したケアが重要となります。
毎日の同じ行動を理解する
上記の項目で紹介した、「常同行動」に対しては、同じ時間に同じ行動を繰り返すという特徴を生かして、ルーティーンケアを念頭に検討します。
これは毎日同じ行動を繰り返すという特徴を逆手に取ったケア方法です。
無理にスケジュールを変更したり、同じ行動が出来ないことに対するストレスを減らすためのスケジュールを工夫しましょう。
また、同じ行動をとることを阻止することで、暴力をふるったり、感情が高まったりする可能性があります。
行動パターンを変更することに精神的ストレスを感じるので、患者の生活習慣、行動パターンに入り込まないケアを意識します。
病気を理解してもらう
暴力的になったり、万引きをしたりといった行為は、病気だからといって許されることではありません。
ただ、頻繁に会う人には病気のことを予め説明しておくことが重要です。関わりの深い人にはそれだけ迷惑をかける可能性が高いからです。
また、周りの理解や協力を得られることで、家族や介護者の負担も軽減します。
明るくサポートする
ピック病患者は自分で病気を理解することが出来ません。
ただ、自分がしてしまった行動によって周りから反発が起こる可能性もあり、患者本人も辛い状態である場合が多いです。
患者の精神状態を気にかけてあげることが重要で、そのために明るくサポートをすることを意識しましょう。
また、家族写真やホームビデオなどを一緒に見せ、ゲームのような形で顔や関係性を教えるのも良いです。
専門の施設を利用する
ピック病患者のケアは介護者の負担が大きく、在宅での介護が難しいと感じられることもあるかと思います。
心身の負担を感じた際は、無理をせず「介護付き有料老人ホーム」や「サービス付き高齢者向け住宅」等の介護施設の利用を検討されることをおすすめします。
学研ココファンのサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)であれば、24時間365日体制で介護スタッフが常駐しているので、多くの施設で認知症の方でもご入居いただけます。
入居費用も安く経済的な負担も抑えられるので、介護施設のご利用を検討されている方は、ぜひお近くの施設をチェックしてみてください。
認知症対応可能な介護施設はこちら!ピック病患者に対する経済的支援
ピック病は認知症の中では、アルツハイマー型認知症についで、2番目に早い初老型認知症です。
平均発症年齢は55歳で、働き盛りの世帯で起こる可能性が高く、急な収入減や、収入が絶たれてしまうことになりますので、経済的支援が重要となります。
そのため、ピック病患者は下記のような経済支援を利用できることを覚えておきましょう。
医療費の助成申請
ピック病(前頭側頭型認知症)は、前頭側頭葉変性症として指定難病に登録されています。
指定難病患者はでは、重症度分類に照らし合わせて、一定程度以上の症状がみられる場合、申請することで医療費の助成を受けることができます。
申請は各自治体で行い、1年ごとに更新のため申請が必要です。診断書が必要となるため、まずはかかりつけ医に相談しましょう。
自己負担上限額は所得に応じて設定されており、医療費の負担軽減に有効です。
介護保険サービスも利用できる
介護保険は65歳以上から利用できるサービスですが、前頭側頭型認知症は介護保険が定める「初老期における認知症」として指定されている、特定疾病の1つなので、65歳以下でも介護保険サービスを利用することが出来ます。
ただし、介護保険のサービスを利用するためには、要介護認定を受ける必要がありますので、各自治体の介護保険課などに問い合わせましょう。
前頭側頭型認知症(ピック病)まとめ
- ピック病は有効な薬がなく症状を治したり遅らせたりする治療はない
- 人格障害・情緒障害を理解したケアを行うことが重要
- 医療費助成や介護保険を利用した経済的支援を受ける
前頭側頭型認知症の症状や特徴、ケアのポイントについて解説しました。
前頭側頭型認知症は、認知症の中では患者数が比較的少ない認知症で、根本治療が出来る薬や、症状を遅らせる薬がなく、対症療法しか手段がありません。
そのため、症状の特性を理解したケアが重要となります。
介護サービスを上手く取り入れながら、ご家族もサポートに参加できる環境を整えていきましょう。
この記事は医師に監修されています
中部脳リハビリテーション病院 脳神経外科部長
中部療護センター長
岐阜大学連携大学院脳病態解析学分野 教授(客員)
矢野 大仁(やの ひろひと) 先生
1990年岐阜大学医学部卒業、医学博士。大雄会病院などの勤務を経て、学位取得後、2000年から岐阜大学医学部附属病院脳神経外科助手。2010年 准教授、2013年 臨床教授・准教授、2020年4月 中部療護センター入職、2024年4月から現職。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳卒中学会専門医。脳卒中の他、脳腫瘍、機能的脳神経外科など幅広い診療を行っている。患者さんが理解し納得できるようにわかりやすい説明を心がけている。
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