認知症による帰宅願望とは?「帰りたい」の原因から対応方法・実際の事例まで解説
更新日時 2023/12/22
この記事は専門家に監修されています
介護支援専門員、介護福祉士
坂入郁子(さかいり いくこ)
「認知症の母が、子どものころに住んでいた故郷に帰りたいと口にしている」
「家に帰ろうとする高齢者に、何度説明しても理解が得られない・・・」
このような疑問・悩みをお持ちの方もいるのではないでしょうか。
これらは認知症の症状の一つである、帰宅願望というものです。帰宅願望は、対応の工夫次第で減少することができるとされています。この記事では、帰宅願望の起こる原因や、対応方法について詳しく解説します。
- 帰宅の欲求を頻繁にしたり、実際に帰宅しようとすること
- 認知症の症状のうちの一つ
- 不安や孤独感など気持ちが不安定なっていることが原因で起こる
帰宅願望とは?
帰宅願望は、認知症の心理的症状・行動症状のひとつです。
具体的には「帰りたい」と頻回に訴えたり、実際に家や施設を出て行こうとすることを指します。帰りたいという気持ちは、自宅だけに向くものではなく、生まれ育った故郷や親しい家族やきょうだいの家を指していることもあります。
「帰りたい」は悪いことではない
帰宅したいと思うことは、誰でも抱く感情です。そのため、帰宅願望自体は悪いものではありません。
人は過ごしている空間に居場所がないと感じたり、不安になったりすると、その場を離れて自分の居心地の良いところへ行きたいと思うことがあります。帰りたいという願望や実際に外へ出ていこうとする行動には、その方なりの理由があるのです。
帰宅願望の原因は何?
帰りたいという背景には不安や焦り、孤独感といった心理的要因があります。帰宅願望の理由は人によりさまざまですが、共通する点は「現状への不安があること」です。
認知症の症状によるもの
認知症の中心的な症状には、記憶障害、見当識障害や理解力・判断力の低下が見られます。この症状が進行すると、知っている場所や身近な人でさえ分からなくなってしまうことがあります。
自分の家にいるのに、「家ではないところに連れてこられた」と思ったり、家族を「他人だ」と認識してしまうのです。
知らない環境に身を置くことは、人を不安にさせます。自分のいる時間や場所が把握できない方は、孤独やストレスを感じるようになります。
帰宅願望は、本人が自分がいる場所や時間を認識できないことによって引き起こされる場合があります。
家に帰ることで、安心感や安定感を得ることができるため、家に戻りたいという気持ちが強くなるのです。
環境の要因
環境が「しっくりこない」と、人は不安を抱きやすくなります。帰宅願望のある方には、自然と過ごせる環境や居心地がいいと思える場所を用意することが大切です。
環境は、単に空間だけではなく人間関係も含みます。仲が悪かったり、話が合わない人と距離を置くだけでも帰宅願望が減少することもあります。
施設内に、その方がくつろげるような家族の写真や本人のなじみのものを飾ることもおすすめです。本人はここが自分の居場所だと認識し、不安や孤独を感じなくなるような環境調整を目指しましょう。
夕暮れ症候群の影響
認知症の方は、外が薄暗くなると落ち着かなくなり、不安を表出しやすいといわれます。夕方に認知症の方が「家に帰る」と訴えることを、夕暮れ症候群と呼びます。私たちも夜になれば仕事や学校から帰宅するように、自分の家ではないと感じている方は、帰る必要があると考えるようです。
認知症の見当識障害によって、時間感覚が数十年前になっている方は、引っ越したことや施設に入所していることを認識しづらいため、夕暮れ症候群があらわれやすいとされています。
また、遠くから嫁いで来た方も、自分の故郷に帰るといった帰宅願望が出やすいとされています。
夕暮れ症候群が出ると、認知症の方は不安や恐怖心を感じることがあります。
家に帰れない場合や自宅にいることができない場合には、混乱や攻撃的な行動をとることもあるため、家族や介護者はそのような場合には冷静に対処し、適切な支援を行うことが重要です。
認知症に限らず他の願望によるもの
家に帰りたいという願望が、必ずしも記憶障害や見当識障害などの認知症の主要な症状に起因するわけではありません。認知機能が低下している認知症の方でも、認知障害以外の理由で自宅に戻りたいと感じることがあります。
眠い、お腹がすいた、のどが渇いた、便秘などといった生理的欲求が満たされないことをきっかけに、なんとなく不安な気持ちを抱き、それが帰宅願望としてあらわれるのです。その場合、不調の原因を探ってそれを取り除くケアを行うことによって落ち着いて過ごすことができます。
帰宅願望の対応のポイント
帰宅願望には声かけが大切ですが、無闇に話しかけるだけでは逆効果になることもあります。帰宅願望への適切な声掛けなど、対応のポイントを紹介します。
環境を整える
大勢の人がいる環境よりも、他人の視線を気にせずにゆっくりとくつろげる空間を用意することで落ち着くこともあります。そのような環境を作るのが難しい場合もあるでしょう。
しかし、椅子の向きをリビングの大勢の利用者の方に向けるのではなく、窓の景色が見える方向に調整するだけでも、見える景色が変化し落ち着いた空間へと変わるかもしれません。
また、名前をテーブルや部屋の入口のわかりやすい場所に提示して、「ここが居場所である」と認識しやすくなる方法も有効です。このような本人の居場所づくりを意識した環境調整によって、帰宅願望を減少させることができます。
間違っていても否定しない
通常、私たちは会話の相手が事実と異なることを話していたら、間違いを指摘したり説明することで、理解してもらおうとします。しかし、認知症の方に間違いを指摘するような声掛けは、混乱を強めてしまう場合があるので注意が必要です。
「仕事が終わったからそろそろ帰らないと」と話す入居者に「仕事なんてしてませんよ。ここにいてください」と完全に否定してしまうと、混乱が強くなる恐れがあります。
本人の仕事を終えたという言葉にねぎらいを表して、「本当に助かりました。お疲れだと思うので、お茶を飲んでゆっくり休んでください」のようなリラックスできるような声かけをするといいでしょう。
暇な時間を作らず興味をうつす
人は暇なときに余計なことを考えてしまいがちですが、何かに集中しているときには時間を忘れてしまうものです。認知症の方にも同じことが言えます。
帰宅願望が出ているときに他のことに誘っても効果がないことが多いですが、帰宅願望が出ていない時にはレクリエーションなどの活動に誘ってみるのは有効です。
【専門家監修】認知症の方向けのレクリエーション|効果や注意点・おすすめレクも紹介
生け花や習字など、本人の好きな活動や自宅で行っていたことがあれば、それを提案してみましょう。また、料理や掃除などの家事を通して得られる他者との交流も、本人の安心感や居場所作りにつながりやすくなります。
一方で、無理やり誘うことはかえって逆効果となる場合があるため、本人の意向を尊重することも大切です。
介護者や支援者は、個別の相談や情報収集を行いながら、本人が楽しめる活動を提供するよう心がけましょう。
習慣を崩す
帰宅願望の中には、朝は会社へ行く、夕方から夕食の準備をするなどの以前の生活習慣と結びついている症状があります。それを「もう会社には行っていませんよ」などと否定することは控えましょう。
「今日は会社が休みなんです」「今日は泊まっていくんじゃなかったでしたっけ」といった声かけをした方が、ご本人が納得しやすくなります。このような、否定するのではなく生活習慣を崩す声掛けが有効です。
一方で、「ちょっと待っててください」「後で行きましょう」などといった、短期的に話題をそらすような適当なあしらいは、かえって不安な気持ちを増強させてしまいます。帰宅願望を強くさせてしまう危険がありますので、控えましょう。
原因となる不安を解消する
帰宅願望には原因があることが多く、その原因を明らかにして解消することで症状が和らぐ可能性があります。
帰宅しようとしている方に対して、「お困りのようですが、どちらへ行かれるのですか?」と、まずは率直にどこに帰りたいと思っているのかを聞いてみましょう。そして、本人の訴えをじっくり傾聴しながら肯定的な声掛けをしていきましょう。
さらに、「よろしければ、そうしたい理由を教えてくださいませんか」などと、なぜ帰りたいのかを理解しようとしている姿勢を表しましょう。本人の気持ちに応じた対応をすることで、自然と帰りたいという想いも減少していくとされています。
嘘をついたり濁したりしない
帰宅願望を訴える方に対して、明らかな嘘をついたり話を聞かずに曖昧に返答すると、より不安を煽ることになります。
帰りたいと訴えている方は、不安な気持ちが背景にあるため、周囲の人に信頼がおけない状況にあります。そんな方の訴えを無視してしまうと、信頼関係が構築できずにいつまでも帰宅願望は解決しません。
本人の訴えをじっくり聞き、嘘をついたり濁した解答は行わない方が、長期的に見て帰宅願望が減少していくとされています。
そのため、帰宅願望を訴える方に対しては、丁寧に対応することが大切です。また、本人の気持ちを受け止めながら、自分ができる限りのサポートを提供するよう心がけましょう。
しっかりとしたケアプランを作成する
帰宅願望のある方への対応は、ケアプランを通して統一していく必要があります。
介護保険認定を受けて介護サービスを利用している方は、ケアマネジャーがケアプランを作成しています。ケアプランとは介護の計画書のことで、本人と家族の意向をふまえて目標を設定し、利用している介護サービスや職種ごとの役割などを一覧にしたものです。
ケアプランに帰宅願望への声掛けの注意点や環境調整の工夫などについて記載されていることで、かかわるスタッフ全員で情報を共有し、適切な対応をすることができます。
声かけのコツとやってはいけないこと
帰宅願望を訴えている方へ対応するときには、本人の言葉や行動を制限せずにじっくりとかかわる必要があります。声かけのコツと、やってはいけないことについて解説します。
帰宅願望を必要以上に問題視しない
認知症に限らずとも、人は知らない場所に行くと落ち着かない気持ちになりやすいとされています。自分が居心地の良いところへ帰りたいという訴えは、むしろ正常な反応であると言えるでしょう。
帰りたいという訴えや行動を問題だと思いながら対応しても、解決には結びつきません。
そもそも帰りたい気持ちそのものは問題ではなく、過剰に反応するのは逆効果となります。
認知症の方が帰宅願望を訴えた場合には、まずは本人の気持ちを受け止め、安心できる環境を提供することが大切です。
また、本人の過去の経験や好みを踏まえたアプローチを取り入れることで、本人が納得できる解決策を見つけることができるかもしれません。
最終的には、家に帰れない場合でも、本人が安心できる環境を提供することが大切です。
本人の行動を制限しない
周りの介護者が帰宅願望を問題だと捉えていると、それを防ぐために行動範囲を制限してしまうことがあります。しかしながら、部屋に閉じ込めたり、玄関のカギを工夫して外に出られないようにするなどの対応は、根本的な解決にはなりません。
むしろ、このような対応がストレスを強めて帰宅願望をより高めてしまうリスクもあります。
本人の気持ちを無視しない
帰宅願望をなくすためだけに、「明日にしましょう」「後で行きましょう」など、その場限りの声掛けをしても意味がありません。これらの対応は、一時的に帰宅行動を防止することができるかもしれませんが、本質的な解決に結びつきにくいと言えます。
なぜ居場所がないと感じ、帰りたいと訴えているのかといった、その方の不安の原因や気持ちを把握して向き合うことで、その方の気持ちや理由に適切な対応ができるようになります。
【帰宅願望の事例①】原因から対応まで
Aさん(89歳女性)の事例を紹介します。
83歳頃から認知症の症状が進行したため独居生活が困難となり、86歳でグループホームに入所しました。2年後の88歳のときに、別のグループホームに転居されたましたが、入所後しばらくして帰宅願望の訴えがみられるようになりました。
背景と原因
はじめのうちは、帰宅願望に付き添う形で対応しました。自宅をスタッフと一緒に見に行くと一旦は納得しますが、数時間で忘れてしまいます。家を見に行った時に写真を撮るなどの工夫をしましたが、あまり効果はありませんでした。
Aさんには2人の娘さんがいて、面会が月に1回ずつあります。娘さんの面会日が近づくと訴えが落ち着くことに対し、面会があった後は次の面会が1か月先になるためか帰宅願望は強くなる様子がみられました。
声かけなどの対応
PTが行う本格的なリハビリは拒否されるAさんですが、生活リハビリへの拒否はみられないため、調理の下ごしらえや食事の準備や片付け、裁縫などをケアプランに取り入れました。
自宅や娘のことに意識が向きすぎないように、日常生活の中でリハビリやレクリエーションをできる限り行ってもらうことにしました。Aさんの料理や裁縫の技術は非常に高く、そしてレクリエーションに参加する際には笑顔が見られました。
その後
この事例のAさんは、認知症が軽く不安になると帰宅願望が強くなり、自分自身をコントロールすることが難しい様子がありました。
そこで、Aさんが得意とする家事をケアプランに組み込むことによって、グループホームの中でAさんの役割が生まれました。人は役割がある空間では、そこが居場所であると認識しやすくなります。日常生活の中でリハビリやレクリエーションを取り入れることで、自宅のことが気になったり、娘さんのことをふと思い出したときにも意識がそれらに向きすぎることが減っている様子です。
【帰宅願望の事例②】原因から対応まで
Bさん(67歳男性)の事例を紹介します。
交通事故の後遺症で高次脳機能障害を発症し、それによる短期記憶障害や行動障害などが出現しました。妻が体調を崩し、自宅での介護が難しくなったため施設に入所することになりました。
背景と原因
入所してすぐは、数日泊りに来た感覚で穏やかに過ごされていたBさん。しかし、普段は自分で管理していた財布を施設が預かっていることに不安を感じたことから帰宅願望がはじまりました。
財布をご本人の管理にしました後でも、帰宅願望は収まらずにフロアを出て出口を探そうとする様子が見られました。入所の理由が妻の体調不良であるという説明を受けていたBさんは、妻の体を心配される発言と、自宅に帰りたいという訴えが続きました。
声かけなどの対応
Bさんは感情的になったり、職員が手薄な時間帯を見計らうようにフロア外に行く様子がみられるようになりました。ご家族に状況の説明を行うと、妻は面会のたびに自宅に連れて帰ってほしいとBさんに言われることが心苦しく、足が遠のいていると話されました。
そこで、ケアプランに入所時から熱心に見られていたスポーツ番組の視聴に加えて、塗り絵を追加したところ、集中して取り組まれる姿勢がみられました。ご本人の帰宅願望を尊重しながらも、施設での生活が少しでも安心して楽しく過ごせるものになるように、活動や役割づくりを行っていきました。
その後
この事例では、Bさんに対応する職員は外出がないように、所在の確認や見守り方法を情報共有しながら関わりました。集団生活の中でも、Bさんの帰宅願望についてしっかりと対応していくために、職員の疾患に対する理解をすすめているようです。
自宅に帰りたいけれど帰れない方に対して、帰宅願望を問題視するのではなく、ご本人の思いを尊重しながらリラックスできる環境や関係性の構築を目指して、ご本人の行動や様子に合わせた対応が行われています。
帰宅願望についてまとめ
- 帰宅の欲求を頻繁にしたり、実際に帰宅しようとすること
- 認知症の症状の一つで、気持ちが不安定なると出現しやすい
- 帰宅願望の原因や本人の気持ちを尊重した関わりが必要
帰宅願望は認知症の症状のひとつですが、帰宅したいと思うことは誰でも抱く感情で、問題ではありません。
その方なりの「帰りたい」気持ちに寄り添い、じっくりと対応することで帰宅願望が少しずつ減少していくとされています。
帰宅願望を訴える方が少しでも安心して過ごすことができるよう、ケアプランを検討し環境の調整やケア方法の統一に取り組みましょう。
この記事は専門家に監修されています
介護支援専門員、介護福祉士
坂入郁子(さかいり いくこ)
株式会社学研ココファン品質管理本部マネジャー。介護支援専門員、介護福祉士。2011年学研ココファンに入社。ケアマネジャー、事業所長を経て東京、神奈川等複数のエリアでブロック長としてマネジメントに従事。2021年より現職。
監修した専門家の所属はこちら