認知症のリハビリ(作業療法)の内容は?効果や実施方法・注意点まで詳しく解説
更新日時 2024/01/28
この記事は医師に監修されています
中部脳リハビリテーション病院 脳神経外科部長
矢野 大仁 先生
「認知症の作業療法にはどのようなものがあるの?」
「認知症の効果的なリハビリ方法を知りたい!」
このような疑問をお持ちの方、いらっしゃいませんか?
認知症の予防や症状を遅らせるためには、リハビリが欠かせません。
作業療法と呼ばれている、医師の判断に基づいた効果的なリハビリを行うことで認知症の進行を遅らせることができるので、ぜひ自宅でも実践してみましょう。
こちらの記事では、認知症のリハビリの内容や実施方法などを詳しく解説していくので、参考にしてください。
- 認知症のリハビリでは、適度なレベルの作業療法が欠かせない
- 作業療法は生活に密着した内容なので、ストレスなく取り組める
- 無理強いをせず、本人のペースに合わせることが重要
認知症のリハビリ(作業療法)の基礎知識
まずは、認知症を患ってしまった場合のリハビリ(作業療法)を見ていきましょう。
認知症治療にはリハビリが欠かせない
認知症には様々な治療方法がありますが、中でも欠かせないものの一つが薬を使わない非薬物療法です。
薬に頼ることなく脳を活性化し、残っている認知機能や生活能力を高めるリハビリを行い、判断能力の衰えるスピードを抑制します。
認知症が進行すると日常生活も困難になってしまいますが、何もせずに漫然と日々を過ごすだけでは体や頭を動かす機会が無くなってしまいます。
その結果、認知機能はさらに低下してしまうので脳や身体を動かすことは非常に重要なのです。
さらに、本人の活動を抑制してしまうと自尊心が傷つけられてしまい抑うつに繋がってしまう恐れもあります。
認知機能をできる限り維持して認知症の進行を遅らせるためには、本人が自力でできることを増やしてリハビリを通して心と体を刺激することが重要です。
本人の生活の質を高めるだけでなく、介護者の負担軽減効果も期待できるので、リハビリは積極的に行いましょう。
認知症のリハビリには作業療法が効果的
認知症患者向けの非薬物療法には「作業療法」を始めとするリハビテーションがあります。作業療法は、食事・入浴・排泄・家事など日常生活に関連した作業を通して心身の機能の維持や強化を図り、自立した生活だけでなく社会との繋がりの回復などを目的としています。
心と体のリハビリテーション効果を得られるメリットがあるので、薬物療法と併せて非常に重要な手法と言えるでしょう。
作業療法では、主に上肢筋力や手指の精密な動きなどの身体機能と集中力や判断能力などの心理機能を総合的に活用しているので、非常に高いリハビリ効果的を得られます。
また、これらの能力を維持することで、入退院などの環境に変化があった際にも、自宅の環境を調整するなどの新たな適応を促進する効果が期待できます。
作業療法の特徴
それでは、更に作業療法の特徴について見てみましょう。
生活密着型である
作業療法では、生活と密接に関わっている作業に焦点を当てており、生活する上で必須の能力やスキルを維持できます。
調理や洗濯などの家事は生活と密接に関わっており、手芸や工作なども生活の中の知恵として取り入れることができます。
また、理学療法とともに障害や疾病を負ってしまった際に出来なくなった日常生活の動作を回復させることも重要な役割です。
このように、作業療法は生活に密接に関係しているので意欲的に取り組めます。
無理なく続けられる
作業療法は全て目的が明確なので前向きな気持ちで取り組みやすく、また作った物などの成果も分かりやすい形で残ります。
作業療法は目的意識を維持しながら継続できる点も大きな特徴と言えるでしょう。
人とのかかわり・社会とのつながりが得られる
人々は、古来から他の人と作業を共に取り組むことでコミュニティを形成してきました。
子どものころの遊びや家族で一緒に行う家事などが代表的ですが、仕事を協力して行うことでも人との関係を深めることができます。
社会を生きる上で精神状態を悪化させやすいのが「孤独」「孤立」です。作業療法などのリハビリを通じて他者と交流することで失ってしまった社会性や交流を回復することも作業療法の重要な役割と言えるでしょう。
介護施設での作業療法の実践方法
具体的に作業療法はどのように行われているのでしょうか?
介護施設における、作業療法の実践方法や内容について紹介していきます。
実施している施設と実施方法
作業療法は、多くの医療機関や介護施設で取り入れられています。
医療施設やデイサービスなどを提供する通所施設、グループホームなどの介護に関係する様々な施設で実情に合わせながら実施されています。
なお、作業療法の内容には集団で行う場合と個人で行う場合があり、個人の状況に応じて使い分けられています。
また、所要時間はプログラムによって異なっており、連続して取り組むプログラムや単発で終了するプログラムなど種類は多彩です。
必ずしも作業療法士が担うわけではない
作業療法の専門職は国家資格を持つ作業療法士ですが、実際の現場は必ずしも作業療法士が担うとは限りません。
なお、「作業」の概念は広く「対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為」を指しているので、多くの職場や家庭におけるリハビリも作業療法と言えるでしょう。
ただし、目的が不明確で本人が漫然と作業するだけでは高い効果が期待できません。
リハビリ効果を高めるためには、対象となる人の状態や考えを事前に情報収集した上で分析し、その人に相応しいプログラムを設定することが重要です。
また、その上で的確なアドバイスやフィードバックを行い、より本人が前向きに取り組めるようにエスコートしてあげることが大切です。
その結果に応じて、改めて情報収集を行ったりプログラムの修正を行うことになりますが、これらの一連の過程が作業療法の核となります。
認知症治療で作業療法を行うメリット
判断能力が弱っている認知症患者でも、作業療法を行うメリットは存在します。
こちらのトピックでは、認知症患者が作業療法を行うメリットについて紹介していきます。
拒否感なく取り組みはじめることができる
認知症の人は、認知症と診断される過程で自尊心が傷つきやすく、自らも不安を抱えていることもあり精神的にも不安定になりがちです。
また、自分の認知能力を試されたり課題を与えられることに対して拒否感を持つ人も少なくないので、積極的にリハビリに取り組まないケースが多いのです。
リハビリテーションに対して尻込みしてしまったり嫌悪を感じていると、なかなか効果的なリハビリ効果が得られませんが、作業療法では日常的な家事や作業を行うので、拒否感なく取り組める点が魅力です。
作業療法は個々の認知症患者に合わせてカスタマイズされ、彼らが自分のペースで活動できる環境を提供することで、積極的な参加を促し、心身の健康をサポートする重要な手段となります。
作業の回復で自信や安心感を取り戻す
認知症の人は、発症や進行に伴って自分の能力が衰えてしまう経験をしています。
例えば、得意だった料理が作れなくなってしまったり、趣味を楽しめなくなったりして、精神的に落ち込んでしまう人も少なくありません。
これらの経験を通して、大きな喪失感を感じるだけでなく、自分のアイデンティティに対する不安も感じています。
作業療法では作業能力の回復を目指しており、作業能力を取り戻していく中で自尊心や安心感を回復できるメリットがあります。
「なじみの作業記憶」を活用するのがポイント
認知症の人は、なじみのない行動に苦手意識を抱いており、リハビリの目的ややり方などを説明されても理解できないことは多いです。
また、時にはリハビリをやらされていることに対して怒りを感じることもあるので、無理強いするのは逆効果です。
一方で、認知症の人はこれまでの人生経験で得た「体で覚えたこと」「なじみの作業」などは覚えている傾向にあります。
作業療法では「なじみの作業記憶」を活用するので、本人のストレスなく取り組みやすいのです。
例えば、農家の人であれば土に触れたり、料理人や調理師だった人であれば調理道具に触れることで作業の感覚や記憶を取り戻し、作業の喜びや懐かしい記憶を取り戻すことができます。
このように、なじみの作業に触れることは強力な回想法としての側面もあるので、感情的にもメリットがあるわけです。
作業療法の内容
それでは、具体的な作業療法の内容について見てみましょう。
認知刺激療法
認知刺激療法では、言葉や会話だけでなく五感も刺激して脳の活性化や認知機能の改善を図ります。
目で見て楽しんだり、自分で手を動かして成果を出すなどして、脳に適度な刺激を与える方法と言えるでしょう。
具体的に見てみると、塗り絵や習字などの創作活動、音楽鑑賞などの芸術に触れることで脳を活性化する効果が期待できるので、実際に多くの医療現場や介護施設でも取り入れられています。
また、足湯やマッサージなどで「温かい」「気持ちいい」といった触覚刺激を利用して、気分の安定を図る手法もあります。
回想法
回想法は、特別な資格がなくても気軽に行えるリハビリで、近年は知名度も高まっている療法です。
なお、回想法では認知症の特徴である「遠い過去の記憶は喪失しづらい」点を利用しており、患者の幼少時代や学生時代の記憶をたどったり、苦労話や楽しかったエピソードなどを共有して脳に適度な刺激を与えます。
やり方のコツとしては、話のきっかけになるアルバムや映画のポスターなどの小道具を用意することです。
記憶のヒントになるものを患者に示して、一緒に話をすることで本人の認知能力の衰えを遅らせることができるのです。
回想法とは|認知症に対するリハビリ効果や注意点・実践方法についても解説
音楽療法
音楽療法では、懐かしい音楽を聞くことで過去の記憶を呼び出したりリラクゼーション効果を期待できます。
音楽にはリラックス効果があるので、リフレッシュしながらリハビリに励むことができるでしょう。
なお、音楽療法で効果を得るためには旋律の他に歌声、歌詞などを理解することが必要となります。
音楽療法は脳の記憶と認知能力を維持するだけでなく、精神的な落ち着きを取り戻すメリットもあるので、非常に効果的と言えるでしょう。
国立長寿医療研究センターの実験では、軽度の認知症患者に毎週1時間程度の音楽を聞かせ一緒に歌ったりする療法を実践したところ、記憶や注意力に改善が見られました。
リアリティ・オリエンテーション
リアリティ・オリエンテーションは日本ではなじみが薄い言葉ですが、欧米では1960年代に始まっていたリハビリ療法です。
現在、日本でも一部の介護施設で取り入れられています。
日常生活の会話の中に、今の季節、日付、時間や今いる場所や自分の家族の名前を取り入れることで見当識の状態を観察し修正するという訓練法で、「現実見当識訓練」とも呼ばれています。
また、リラックスした雰囲気の中で、他者と共通の体験や同じ日の出来事などを共有し、間違いなどがあればグループの中で補い助け合うグループオリエンテーションもあります。
アニマルセラピー(動物介在療法)
アニマルセラピーは、動物と触れ合うことでストレスの緩和や精神的な落ち着きを得て、活動性の向上を促すことを目的として行われています。
愛玩動物は人間に対して心を開いて無条件で懐いてくれるので、この愛玩動物特有の性質を利用して「他人の世話をしたい」といった欲求や自分が必要とされることで自信を持つことができます。
運動療法
身体を動かすことによって、筋肉量を維持して寝たきりになることを防ぐことができます。
ウォーキングと筋肉バランス訓練は抑うつ改善や介護者の介護負担を軽減させ、日中に体を動かすことで夜間の良眠を促すなどのメリットがあるので、本人の能力や体調に合わせて運動療法を行うことも有意義です。
椅子に座りながらでも行える簡単な運動もあるので、家庭内でも転倒などに注意しながら行ってみましょう。
それ以外のレクリエーション療法
介護施設では様々なレクリエーションが行われていますが、これらも非常に有効です。
絵を描いたり書道や陶芸、ゲームなどで楽しみながら気持ちの安定を図る効果がレクリエーションにはあります。
また、コミュニティに参加したり本人の得意なことや興味のあることを行うことで前向きな気持ちになり、自発性を引き出したり自信を取り戻せる効果も見込めます。
【専門家監修】認知症の方向けのレクリエーション|効果や注意点・おすすめレクも紹介
作業療法のスケジュール
作業療法のスケジュールは、当然その人の状況や目的に応じて異なります。そのため、以下では一例をご紹介します。
また、作業プログラムは定期的な見直しが行われ、必要な場合には適宜修正が入ることも多いです。
認知症の方の作業療法の場合、平日のある日に以下のようなスケジュールで作業療法が行われることがあります。
時間帯 | 内容 |
---|---|
9:00~10:00 | 身体の練習 |
10:00~11:00 | 手先の技能の確認・トレーニング |
11:00~12:00 | 記憶力を高めるゲーム |
12:00~13:00 | 昼食 |
13:00~14:00 | 休憩 |
14:00~15:00 | 感情をコントロールするためのセッション |
15:00~16:00 | 社会参加を促すためのアクティビティ |
また、金曜日だけは、全員参加で特別なレクリエーションを行う場合もあります。
作業療法をする際の注意点
様々な能力を維持できるメリットがある作業療法ですが、行う際の注意点もあります。
こちらのトピックでは、作業療法を行う際の注意点を紹介します。
強制をしない
機能維持のためには作業療法の実践が不可欠ですが、本人のやる気が非常に重要です。
そのため、本人の意欲を最優先して無理強いしないように気を付けましょう。
少し躊躇しているだけであれば、家族や周囲の人々が作業している様子を実際に見せて、本人から自発的に参加するのを待つと良いでしょう。
なお、なじみの作業など、本人が仕事などで過去に頻繁に行っていたものでも、やはり無理強いはせず、本人の自尊心などにも配慮しながら、辛抱強く見守ってあげましょう。
少し頑張ればできる内容にする
作業が難しすぎると本人のモチベーションを損ねてしまい、逆に簡単すぎると飽きてしまったり馬鹿にされていると感じてしまいます。
つまり、「少し頑張ればできる」程度の丁度いいレベル感の作業を用意することが重要です。
そのため、本人の能力を丁寧に見極めて、場合によっては本人に気付かれずに手伝ったりする工夫も求められます。
現場に携わる人が協力して、質の高いリハビリを提供しましょう。
期待しすぎない
どんなに優れた作業療法でも、残念ながら認知症そのものを治療する効果は立証されていません。
また、症状や進行具合にも個人差があるので、全員の心身が改善していくとは限りません。
つまり、課している作業ができても、劇的に症状が改善するわけではない点に注意しましょう。
認知症の人にとって、作業を通して自尊心を取り戻して安心や充足感を得ることが非常に重要なのです。
疲労に注意を
認知症の人は脳が疲れやすくなっているので、無理をさせてはいけません。
本人がどれだけ楽しんでいても、作業を続けて脳の疲労が溜まってしまうと集中力を欠いてしまい、やがてできなくなってしまうでしょう。
その結果、失望や苛立ちを感じてしまい本人の自尊心が傷つけられてしまうので、疲労には注意を払いましょう。
疲労を残してしまうと、認知機能が低下したりせん妄状態に陥ってしまうので、適度に休憩を挟みつつ無理のない時間で切り上げることが大切です。
専門職と相談する
不安や相談事があれば、作業療法士や利用している介護サービス事業所に相談することも重要です。
例えば、デイサービスと家庭で連携することで、リハビリ効果を高めることができます。
認知症によって失われてしまった作業能力を取り戻すことは、本人の生活の満足度を大きく高めて日々の生活を充実させることに繋がります。
作業療法士などの専門家に相談しながら「作業」を通して人々との繋がりを取り戻し、人生の満足度を高めていきましょう。
認知症予防・リハビリのユニークな取り組み
認知症予防やリハビリのため、自治体によってオリジナルの取り組みが進んでいます。
新潟県見附市では、遠方の家族と会話できる遠隔操作ロボットを高齢者宅に導入してリハビリを図る実証事業を通してメンタルヘルス対策の効果を探っています。
家族が遠方だとコミュニケーションが不足しがちなので、気軽に遠方と家族と話せることで精神的安寧を得られる効果が期待されています。
また、神戸市では「eスポーツ」を高齢者のフレイル予防に活用する取り組みを行っており、ゲーム中の心拍数や血圧データなどを収集して心身への効果や影響を検証しています。
この他にも、高齢者が日々の歩数をポイントに換算し、商品券などと交換できる事業を始める自治体もあることから、これらの自治体の工夫や取り組みについて調べることも有意義でしょう。
認知症のリハビリまとめ
- 本人にとって適度なレベルで、無理強いしないことが重要
- 不安や疑問があれば、作業療法士などの専門職に相談しよう
- 自治体でオリジナルの取り組みをしていることもあるので、調べてみると良い
認知症の進行を遅らせるためには、本人のレベルに合った作業療法やリハビリが欠かせません。
本人が取組みやすいリハビリが多くあるので、作業療法士などの意見を踏まえて家族も協力して取り組んでいきましょう。
高齢化社会に伴って認知症は身近な病気の一つになっていますので、多くの対処法があることを知っておくとよいでしょう。
この記事は医師に監修されています
中部脳リハビリテーション病院 脳神経外科部長
中部療護センター長
岐阜大学連携大学院脳病態解析学分野 教授(客員)
矢野 大仁(やの ひろひと) 先生
1990年岐阜大学医学部卒業、医学博士。大雄会病院などの勤務を経て、学位取得後、2000年から岐阜大学医学部附属病院脳神経外科助手。2010年 准教授、2013年 臨床教授・准教授、2020年4月 中部療護センター入職、2024年4月から現職。日本脳神経外科学会専門医・指導医、日本脳卒中学会専門医。脳卒中の他、脳腫瘍、機能的脳神経外科など幅広い診療を行っている。患者さんが理解し納得できるようにわかりやすい説明を心がけている。
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